◇◇◇ 東北支部 会員便り ◇◇◇

みちのく“絆”通信 No4

  小澤 孝一
  入社の頃の思い出
昭和42年9月 「社員見習」 辞令の中途入社だった。10社以上の就職試験に失敗した後の前職は 鹿児島県指宿温泉、
某ホテルのフロントマンだった。 ある日、仙台の親が読売新聞の 「営業マン募集」 という日本楽器の3行広告を目にしたが
応募締め切りは過ぎていた。母親は浜松に電話して 「息子を何とか受験させてほしい」 と懇願した。
 ・・・ 三森さんという人と話したとか ・・・ 博多で筆記試験を受けたが受験者の多さにビックリした。
試験はほとんど書けなかったので赤のボールペンで 「面接をしてから不合格にしてほしい」 と大書きして帰った。
モチロン 100% ダメだと諦め、親にも “スマン” と電話した。二次面接の通知には飛び上がったが、浜松の面接では誰に何を
聞かれたのか全く覚えていない。とにかく何をどう間違えたのか 「合格」 となり、しかも 仙台支店配属 となって自分の家に
戻ってきた。
 
鹿児島に住んだのは結局 1年5カ月だけだったが、その数年後 鹿児島の嫁さんをもらうことになったので今でも鹿児島とは
縁がきれない。
 
仙台店 楽器係 を皮切りに 管弦打卸 ・ 商品管理 ・ 地区販 ・ 音教 ・ LM と 6人の支店長の下で極めて充実した9年間を
過ごした。
古稀を迎える今 思うに、人生の中で最も輝いていたのはこの時期の9年間だったのではないだろうか。
卒業から丸10年、今でも多くの 先輩 同僚 の皆様にお付き合い頂いていることと、OB会を通して新たな仲間が増えている
ことには本当に有難く感謝している。



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2012.10.08 新規作成 HP編集 長尾